蕎麦好きの独り言(2015.04.09up)

その壱八、「敬天愛人」


耕作前の田んぼと鳥海山


関東地方では桜も終わり春まっただ中の筈だが、何故か積雪2cmなどという報道が飛び込んできた。ここ酒田も気温の上がらない日が続いているが、桜はぼちぼち開花し始めている。
そして今年は早くも鳥海に種まき爺さんが現れて思いの外早い雪解けが感じられる。


(拡大)種まき爺さん

四月の第二週の終わりにこの辺の稲作農家のほとんどは種まきを予定しているのではなかろうか。筆者も似たような感じなのだが、へそ曲がりなので平日に会社を堂々と休んでの作業を予定している。これが終わると怒濤の春の農繁期へと突入するわけだが、問題の五十肩の痛みは大分良くはなったが、まだまだ本調子でないのが頭の痛いところ、まあ騙し騙し動くしかないかなと考えている。

種まきの準備作業として我が家では床土の代わりに紙マットを育苗用の箱に敷設するのだが、昔は田んぼの土を取ってきて天日干しして粉砕し、肥料等を混ぜて練り返して箱に詰めいていた。これが結構大変な作業で全て手作業に依存していたのだが、紙マットに変えてからはもう元には戻れないほど楽になった。まあその分経費は増しますけどね…

  
育苗用の紙マット

最近は毎朝5時に起きて出勤までの短い時間をその作業に当てている。農作業を効率的に行うには兼業農家の場合朝晩に集中するのは仕方のない所、そうなると日中の本業時に色々弊害が出るのだが、農作業の疲れを会社で癒すことが兼業農家の極意となるわけで、他の皆さんも言葉には出さないが、そこの所をうまく立ち回れることが今の百姓には不可欠なこととなる。

とは言ってもこの時期の会社は仕事が薄く暇も多い。特にこの地域の零細企業ほどそう言う傾向にあるわけで筆者もその範疇に入る一人だが、楽して喜んでばかりいる訳にもいかない。こんな時には蕎麦でも打って気分転換といきたいが、休みの度に藪用で身動きが取れないのだ。
とは言っても五月の連休中は概ね農作業に勤しむのだが、天気の良い日の外仕事は気持ちが良くストレス発散にはもってこいだ。けれども白く輝く鳥海や月山、遠くの以東岳の美しい姿が目に入ると別のストレスもたまってくる。

やれやれ、わがままでへそ曲がりな人である…


へそ曲がりついでに先日立ち寄ったラーメン屋の話を少し…

某地区の日帰り温泉施設に立ち寄り蕎麦粉を仕入れたら昼時になった。今を遡ること二十数年前に友人に連れられ一度だけ入ったことのある店だが、その後閉店したと噂に聞きそれっきりだったが、妙に口に合う味だったのを記憶している。
その店が最近再開したと言う噂がどこからともなく聞こえてきたが、下見すること数回、どう見ても営業している風には見えないので、いつもそのまま立ち去っていたのだ。

その話をある友人にすると、普通の民家のようだが中では営業しているので臆せず入ってみろと言う。偏屈な人間は気持ちの小さい人が多いと言われているが、筆者もその属性に入るので知らない家(店にはどうしても見えないのだ)に訪問するのは苦手なのだ。しかし未知の味を堪能してみたい衝動は抑えがたく、家人に無理矢理お願いして見てきてもらったのだが、扉を開けて中に消えて暫くしたら「OK」のサインをして出てきた。

恐る恐る中に入り観察すると中央に六人位座れるテーブルがある。その奥にステンレス張りのちょっと大きな調理台がありその手前にカウンターのようなものが付いていて、丸椅子が三つ並んでいる。その一つにガッチリした体格の髪の短いおじさんが座り、一人黙々とラーメンを啜っている。よく見ると焼き魚をおかずにしている。
ん、何か違和感が…

店主と思われる方はその傍に立っており、「おばちゃん」か「おばあさん」か判断の分かれる所だが、ただならぬ雰囲気を醸している。そして一言、団体が後から来るのでそこにと、おじさんの隣の丸椅子二つを指さす。
強面のおじさんだったが食事中にもかかわらず寄ってくれ、少し広くなったのでお礼を言って座ったら、すかさず店主があまり見かけない顔だがどこから来たと聞く。
○○からと言ったら初めてかと聞くので、大昔に一度来たことがあると答え、閉店したと聞いたのだがいつからやっているのかと聞いたら、おおっぴらに営業している訳ではなく細々とやっているのだが、所謂口コミで広がってしまい客が来るようになったと言った。

店内にメニューはなく、ラーメンは大盛りと普通盛りがあるというので普通盛りを頼んだら、奥の棚からビニールの風呂敷に包まれた麺玉を出すと二玉取り出し、使い込まれた曽根板の上でほぐしてから鍋に入れた。鍋といっても普通のラーメン屋では業務用の火力の強烈なものを使っているが、ここでは家庭用の鍋を家庭用のガスコンロで茹でるのだった。
それからおもむろにドンブリを取り出し、濃厚なスープの素を少し入れ(ハナブサ醤油を使っていた)茹で上がる寸前に熱湯を混ぜる。そして茹で上がった麺を均等に分け入れ焼豚とメンマをトッピングしネギの薬味をパラパラと振れば出来上がり、何でこんなに詳しく書けるかと言えばすぐ目の前で調理していたからなのだ。でも写真を撮る雰囲気ではなかった。

まあそれは置いといて、店主が調理に集中している時に背後でガラガラと戸が開く音がした。誰か客が来たのかななんて思っていたら、いきなりドサッと調理台の上に茹でられて真っ赤に色づいたカニが3匹放り投げられた。
何事が起こったのか理解出来ずに混乱したが、店主は顔色一つ変えずに調理を続けている。振り返るとガラの悪いオッサンがテーブルの片隅に座ると、どこから出してきたのか我が物顔で一升瓶を手にコップ酒をあおっている。
おいおいまだ、昼の12時前だよ…

一息でコップ半分ほど飲み干すとポケットからガラパゴス型の携帯電話を取り出し、訛りの強い大きな声で誰かと話し始めた。でも何を言っているのか理解できなかった。
そんなことがあっても、先客と店主は顔色一つ変えずに、おのおのの行為に没頭している。

何なんだこの店は…

先客は暫くして食べ終わるなり、ドンブリと魚のとぎが入った皿を奥の流しに持って行き、自分で洗ってから調理台の上に五百円玉と百円玉数枚を置き、ヒョイと手を挙げ出て行った。
我々はその間、ポカンと口を開け傍観しているしかなかったのだが…
そしてすぐにお目当てのラーメンが配膳されたのだ。

この店にはレンゲなどと言うものは存在しない。昔のように縁に口を付けてズズズっとまずはスープを啜り込む。

ん…???

そして麺を一つまみして口に放り込む…

ん…???

家人と顔を見合わせうなずき合うこと暫し…

う、うまい…

麺の食感が見た目よりしっかりしていて味も好みだ。出汁も化学調味料は入っていないと思う。さっぱり感があり口に残らない。少しぬるいが許容範囲、二十数年前の記憶が舌に蘇ってきた。後は一気に完食すると大汗が噴き出してきた。

途中6人の団体さんがドヤドヤと入ってきて一気に店内は賑やかになる。
コップ酒のオヤジはメートルが上がって来たようで、弁舌逞しく聞いたことのない方言で盛り上がっている。さっき放り投げたカニは、捨てたのではなく、少々荒っぽいが店主にお土産として持ってきたことがわかった。つまりこの店は店主が常連さんを相手に慎ましく営業しているのが基本のようだ。もちろん京都のお座敷のような一見さんお断り的高慢さは微塵もないのだが、筆者のような小心者が一人で入れるほどの気楽さもない。しかしこの味が目当てで再訪する人も少なくないだろう。

外様の我々は食べ終わると早々に辞したが、近いうちにまた来たくなる魅力を持った店である。これを見ている人は少ないだろうが、敢えて店名は書かないでおくことにする。(希望者は個人的に連絡を…(笑))

最近の外食産業は画一的なマニュアルにより管理された接客を行っているところが多い。ラーメン店にしたってそう言う店も増えてきたように感じるが、先日見た映画「深夜食堂」のような店の持つ雰囲気と言うか、その土地や風土に根付いた商売をする店は、今時かなり珍しくなってきているのではなかろうか。もっとも誰もが出来ることではないが…
そう言う店にたまに出会うとぬくもりを感じる。そして「大将、良い仕事してますね」と心の中でつぶやくのだ。